桑田 真澄

不屈の大エース 桑田真澄

生涯一野球人

08年に現役引退後も、幅広い視野から野球界を見つめる元パイレーツ投手・桑田真澄さん(43)=スポーツ報知評論家=が、同作をプレーし"桑田オールスターズ"をセレクト。理想の指導者像について、持論を語ってくれた。

08年3月にユニホームを脱いで3年の年月がたつが、桑田さんの野球への情熱は衰えない。野球評論家として球場に足を運ぶ一方で、昨年3月には早大大学院スポーツ科学研究科を首席で卒業した。「野球道」の根源を探り、突き詰めた卒論は「最優秀論文賞」を受賞し、高く評価された。

桑田
現役時代は選手として、自分自身を磨くことに集中していましたが、引退後は一歩離れて、外から見られるようになりました。そして、学んだことがあるんです。それは『表と裏の両立』。野球は10点取っても、11点取られたら、負けてしまう。じゃあ0点に抑えても、味方が0点だったら、引き分けで勝利することはできない。だから、表と裏を両方、頑張らなくちゃいけないんです

「表と裏の両立」は桑田さんにとって、人生哲学でもある。すべての物事には二面性があり、バランス良く両方に取り組む必要があると言う。

桑田
高校時代なら、本分は学問だから『勉強と野球の両立』ですよね。プロに入ると、結果がすべての世界になる。でも僕は『結果とプロセス』の両立にこだわりました。どうやって、その結果をモノにできるか? 運だけじゃない。どういう方法で技術、体力、メンタルを磨き、どんな努力をすればいいのか? 結果を生み出すためのプロセスを重視しました

早大大学院で野球についての学術的研究に没頭したのも、「表と裏を両立したい」との思いからだったという。

桑田
僕は野球をするために生まれてきて、野球には死ぬまで携わっていくと思う。僕の選手としての経験や実績は『表』の部分。野球の歴史や、スポーツビジネス、経営はどうあるべきかというのが『裏』の部分。この2つをしっかり両立させて、野球界に恩返しがしたいと思ったんです。野球界からは、たくさんの幸せを頂いたんですから

桑田さんの選ぶ"桑田オールスターズ"はどんなメンバー?

桑田
先発投手はバラエティーが必要だよね。右投手はダルビッシュとマー君。左は杉内、和田かな。サイドスローを入れたいんで、館山も。

外国人の強打者もいるが「全員、日本人でいきたい」とのこだわりも。外野手は「守備重視で」と日本ハム・糸井、ロッテ・岡田、ヤクルト・青木の広範囲な守備範囲を誇る俊足勢をセレクト。DHには「T-岡田で!」と即決した。

先発
ダルビッシュ 有(日本ハム)
田中 将大(楽天)
杉内 俊哉(ソフトバンク)
和田 毅(ソフトバンク)
館山 昌平(ヤクルト)
セットアッパー山口 鉄也(巨人)
抑え馬原 孝浩(ソフトバンク)
捕手阿部 慎之助(巨人)
一塁手小久保 裕紀(ソフトバンク)
二塁手本多 雄一(ソフトバンク)
三塁手村田 修一(横浜)
遊撃手中島 裕之(西武)
外野手
糸井 嘉男(日本ハム)
青木 宣親(ヤクルト)
岡田 幸文(ロッテ)
DHT-岡田(オリックス)

高校野球、プロ野球、そしてメジャーと数々のドラマを生んできた桑田さんが将来、指導者としてどんなチームを作り上げるのか。選手との絆は"キャッチボール"で形成してい きたいという。

桑田
僕はコミュニケーション型ですね。対話しながらです。なぜなら、人間ですから。『察しろ』とか『見て盗め』ではなく、言葉を大切にしたい。野球の基本はキャッチボール。チーム経営の基本も、キャッチボールですよ。言葉のキャッチボールであり、心のキャッチボール。スポーツマンらしく、正面でキャッチボールしていきたい

影響を受けた指導者には、巨人に入団した際の監督だった王貞治さん(現ソフトバンク球団会長)、そして巨人のエースとして師弟関係にあった藤田元司さん(故人)の名を挙げた。

桑田
王さんは僕がドラフトで世間の逆風にさらされている時、『プロなんだから、甘えるな。後は実力をつけて、黙らせなきゃならない』と話してくれた。決して甘い言葉はかけてくれなかった。でも、10年ぐらいたって、お会いした時に『桑田、あの頃はつらい思いさせたな。悪かったな』って。涙が出ましたね。王さんが『1位は桑田でいく』と言ってくれなかったら、今の僕はないですから。藤田さんには18番の心構えを学びましたね

言葉の端々に、野球への深い愛情がにじむ。桑田さんは今後も、野球ファンにたくさんの夢を見せてくれそうだ。

桑田 真澄
桑田 真澄(くわた・ますみ)
1968年4月1日、大阪・八尾市出身。
PL学園では甲子園に全5季出場。1年夏、3年夏に全国制覇。甲子園通算20勝。85年のドラフト1位で巨人入団し、21年間で通算173勝。2年目の87年にベストナインと沢村賞獲得。94年はセ・リーグMVP。02年は防御率2・22で2度目の最優秀防御率。ゴールデングラブ賞8度。07年には米大リーグ・パイレーツに入団。6月にメジャー昇格を果たす。08年3月末に23年の現役生活から引退。10年3月には早大大学院スポーツ科学研究科を首席で卒業。家族は妻と2男。

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