佐野 慈紀

第5回 元近鉄・中日・オリックス 佐野 慈紀さん

本日はよろしくお願いいたします。佐野さんは、普段ゲームはプレイされるんですか?

佐野
こちらこそよろしくお願いします。
実は、昔セガサターンを3台持っていたんですよ。自宅、遠征先、キャンプ地に1台ずつ置いていました。
2000年に中日ドラゴンズに移籍したときに全部戻ってきちゃって。仕方ないので後輩にあげましたけど(笑)。セガサターン版の「プロ野球チームをつくろう!」もやっていましたよ。

ありがとうございます。初代「プロ野球チームをつくろう!」は野茂英雄さんに監修していただいていて、野茂さんの強い要望で・・・。

佐野
・・・ハゲになっていました(笑)。
全く問題なかったですけどね。

ではそろそろ、チームをつくっていきましょう。

佐野
オーナー名は「SANOP」にしましょう。
ファン球団は、阪神タイガースと迷いますけど、オリックス・バファローズで!本拠地は出身の愛媛にします。

チーム名はどうしましょう?

佐野
ピッカリスターズ!
このチーム名だとそういう選手を集めたほうがいいのかな(笑)。

では次にチームロゴとユニフォームを作成します。

佐野
いっぱいありますね・・・。結構悩みますけどシンプルなロゴにします。
ユニフォームも悩みますね(笑)。バファローズっぽくするか、オリジナルな感じにするかどっちにしようかな・・・。

(10分ほど悩んだ末、何とかユニフォームも決定)

では秘書を決めましょう。

佐野
大阪出身の若園美紗さんにします。

最後にスターターパックを決めましょう。

佐野
打撃力重視にしましょう。
中心選手は村松(オリックス)にします。

いよいよスタートです。

佐野
やっぱり最初は地味なチームですね。
野手でも投手でもいいから、とにかく新戦力が欲しいですね。

では、ランダムパックから何枚か購入してみましょうか。

佐野
いきなり多村(ソフトバンク)が出ましたね。
彼は怪我が多いですがすばらしい選手ですよ。

ある程度選手カードも揃ってきました。ではここからはオーダーを組んでいただきつつ、お話をいろいろ伺っていきたいと思います。もし佐野さんが監督に就任されたらどのようなチームをつくりたいですか?

佐野
僕の中では、やはりいてまえ打線が強く記憶に残っているんですよ。
やっぱり面白い野球をしたいですから、打ったほうが楽しいんじゃないかと思っています。

今の日本球界だったら、1・2番は西岡(ロッテ)と片岡(西武)。クリーンナップは青木(ヤクルト)、山崎武司(楽天)、新井(阪神)で固めたいですね。キャッチャーは里崎(ロッテ)かな。

投手はどうでしょう?

佐野
先発は、やはりダルビッシュ(日本ハム)と岩隈(楽天)がすごいですね。
抑えは、藤川球児(阪神)でしょうね。

今はもうなくなってしまいましたが、近鉄バファローズへの思いはありますか?

佐野
そうですね。
現役時代を語る上でも、解説者として仕事をする上でも私のベースになっています。

どのようなチームでしたか?

佐野
グラウンドの内外どちらにおいても豪快なチームでしたね。
遠征の帰りの新幹線でビールを飲みまくっていたら、ビールの在庫が無くなったこともありました(笑)。
世間で言われているイメージそのままで、メリハリのあるいいチームでした。一見バラバラに見えますが、
よくまとまっていました。

佐野さんは、中継ぎ投手の重要性を初めて世に知らしめた方だと思います。実際中継ぎのどのようなところが大変でしたか?

佐野
一番大変だったのは体調を維持することでしたね。
絶好調の期間というのは、年間通してみるとそれほど長いわけでは決してないですから。

また、自分の成績がチームの成績にそのまま直結します。
ピンチの場面で打たれたら試合を決められてしまうし、逆に抑えればチームにとってチャンスになる。
精神的には、勝ちゲームで投げるときがきつかったですね。

中継ぎ投手というと、いつ登板機会が巡ってくるかわからないところも大変だったと思います。

佐野
それはリリーフ投手としては当然かなと思っていました。
逆に毎日投げられるのが楽しかったですね。

中継ぎ投手は試合を支配できるんですよ。
自分がマウンドに上がってきっちり抑えればチームに勝ちを呼べるし、打たれれば負ける。
中継ぎのピッチングがゲームの流れを左右するんですよ。
だからすごくやりがいがあると思っていました。

トレードで移籍するときの心境はどうでしたか?

佐野
実はあの頃、私は移籍したかったんです。
当時仲の良かった選手たちが皆移籍していって、フラストレーションが溜まっている頃でした。
ただ、中日ドラゴンズは星野仙一さんが怖そうだから嫌だなぁと思っていたのですが、
見事移籍することになりました(笑)。
実際は選手の皆さんも暖かく迎えてくれましたし、居心地のいいチームだったと思います。

海外の独立リーグにも挑戦されたことがありました。

佐野
とにかく野球ができる場所を探した結果、チャンスがある場所がたまたま海外だったということです。
今考えると、すごくいい経験で人生の財産になっていると思います。

海外の野球は、日本の野球とは違いますか?

佐野
総合力が高いのは日本人選手のほうだと思うんですが、
長打力とか、足がすごく速いといった長所ひとつひとつのレベルが高いのは、
やはり海外の選手だと思いましたね。
また、(メジャーに)這い上がってやる!という向上心が素晴らしかったですね。

選手たちのレベルも幅広かったです。
160キロ近いボールを投げるピッチャーもいれば、全く変化球が投げられないようなピッチャーもいて。
いろいろな選手がいて面白かったですよ。

現役当時は「ピッカリ投法」が話題になりました。

佐野
いつもセットポジションで投げていましたが、
たまたまワインドアップで投げてみようかなと思って投げたんです。
普段投げないものだから腕が慣れていなくて、
手が帽子のつばに当たっちゃって帽子がとれてしまったんですよ。
そのときふとバッターを見たら、大笑いしていました(笑)。

偶然生まれた投法なのですが、
その後あるテレビ番組に出たときに「あれが必殺テカテカ投法です」と言ってしまって。
そうしたら、今度披露してくれっていう話になってしまい、
東西対抗野球のときに本格的に帽子を飛ばす練習もしましたよ(笑)。

そのシーンが放送されて、私の知名度がドカーンと上がりました。
その代わりに成績もドカーンと落ちたんですけどね(笑)。
今まで強面と思われていたイメージが一気に崩れたみたいで打ちやすくなったようです。

対戦した中で印象に残っている打者はいますか?

佐野
印象に残っているのは、イチロー選手、清原選手、松井稼頭央選手ですね。
対戦して楽しかったのはイチロー選手ですね。逆に一番嫌だったのは清原選手でした。
常に優勝争いをするチームの4番打者で、しかも人気選手。
僕はリリーフだったので抑えても何もないですが、打たれるとその場面が必ずスポーツニュースに出てしまう。だから自分のためにも打たれるわけにいかなかったです(笑)。
何回も対戦して本塁打も1本くらいしか打たれた記憶はないんですけど、やはり対戦するのは嫌でしたね。

趣味は何かありますか?

佐野
趣味は野球ですね。実は野球オタクです(笑)。
最近の野球ゲームは打者重視の傾向が強いので、投手重視の野球ゲームがあるとうれしいですね。

現在、プロ野球の人気が低迷しているといわれますがどう思われますか?

佐野
地上波でゴールデンタイムに放送される機会は確かに減りましたが、ケーブルテレビなどが普及したので、選手たちにとって試合を見てもらえる機会は逆に増えたのかなと思っています。

地域色を出していこうと各チーム努力しているので、今後もこれをさらに推し進めて欲しいと思っています。
選手とファンの距離をもっともっと縮めていって欲しいですね。
そうすれば子供たちが選手たちに対して夢を持ってくれるんじゃないかなと。

また、今どのチームが強いか考えてみると、やはりじっくり選手を育ててきたチームが強いですね。
楽天などはいい例だと思います。チーム設立当初に比べて、今シーズンはかなり強くなっていますね。

あとは選手を育てるだけではなくて、みんながプレイしたがる球場やみんなが観戦しに行きたくなる球場など、世界がうらやむようなプレイ環境も育てていくべきだと思っています。

今年はオリンピックがあります。

佐野
絶対金メダルを獲らないといけないと思います。
レベル的には、アメリカやキューバとそれほど変わらないと思います。
あとは各選手の覚悟次第ですね。去年の最終予選で見せてくれたものを出してくれれば。
新井選手(阪神)などは、去年の最終予選で大きく成長しましたので、期待しております。

勝つために選ばれるわけだから、絶対に勝って欲しいですね。
国を代表して戦えるチャンスなんて滅多にないですよ。
私が現役だったら是非出てみたいですね。

本日は長時間お付き合いいただきありがとうございました。

佐野 慈紀
佐野 慈紀
出身地
愛媛県松山市
生年月日
1968/4/30
身長/体重
175cm/80kg
投打
右投右打
出身校
松山商業高校(甲子園出場)-近畿大呉工学部
球歴
近鉄バファローズ(91年~99年)-中日ドラゴンズ(00年)-米独立リーグ(01年)-メキシカンリーグ(02年)-オリックス(03年)
通算成績
351試合登板/41勝31敗27S

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