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球界OBに聞く!SPECIAL INTERVIEW
第六回 元ヤクルト・ロッテ・中日 ギャオス内藤さん
本日はよろしくお願いいたします。早速チームを作っていきましょう。まずはオーナー名を決めましょう。
- 内藤
- オーナー名はもちろん「ギャオス」にしましょう!
あ、すでに「ギャオス」っていう人がいるんですね(笑)。
では・・・あ、「ギャオス内藤」も使ってる人がいますね。では・・・「ギャオス内藤尚行」にします。
さすがにフルネームをつけたら使ってる人はいませんでしたね(笑)。次にファン球団と本拠地を決めましょう。
- 内藤
- ファン球団は千葉ロッテにします。
意外ですね。
- 内藤
- 家が近いので家族と通っているうちに好きになったんですよ。
本拠地は熊本にしてみます。
熊本の馬肉が好きなんですよ。とても美味しいので皆さんにも行ってもらいたいですね。
チーム名はどうしますか?
- 内藤
- 「ギャオラーズ」にします。適当に言ってみたんですけどいい名前だなぁ(笑)。
ロゴはバカっぽくてかわいいのでカバにします。色は緑で。
ユニフォームも緑系でまとめてみます。柄はピンストライプにしましょう。
なかなか斬新なユニフォームができました。最後に秘書と中心選手を決めましょう。
- 内藤
- 秘書は悩むなぁ。これは難しいですね。
うーん、じゃあマリア平畑さんにします。一番秘書っぽい感じがするので。
初期パックは、試合に勝たなければいけないので投手重視にします。
お、後輩の森福(ソフトバンク)がいますね。中心選手は、渡辺俊介(千葉ロッテ)でお願いします。
ではここからは、ゲームをプレイしていただきながらお話を伺いたいと思います。内藤さんがもしチームを作るなら、どのようなメンバーを選びますか?
- 内藤
キャッチャーは里崎(千葉ロッテ)を選びたいですね。
1番はやはり西岡(千葉ロッテ)でしょう。千葉ロッテ好きなので。
セカンドは小窪(広島)を使ってみたいですね。
4番は小笠原(巨人)かな。勝負強くてハングリーな選手ですよね。
投手は、やっぱりダルビッシュ(日本ハム)は外せないですよね。
あとは今シーズンを見るとマー君(田中将大選手・楽天)ですね。
馬力と若さがいいと思います。
高めの抜け球は気になりますけど、あれだけのプレッシャーの中で結果を出していますしね。
野村監督(現楽天監督)に「岩隈(楽天)とマー君では落とせないんだ」とまで言わせるのはすごいことだと思いますよ。
田中選手の活躍の要因というのは何なのでしょうか?
- 内藤
- 体がもともと大きいし、しっかり鍛えているのが成長につながっていると思います。
抑えは誰を選びますか?
- 内藤
- やっぱり球児(藤川選手・阪神)になっちゃいますよね。あるいは岩瀬(中日)ですかね。
彼は鉄人だと思いますよ。金本選手(阪神)の投手版といいますか。
痛いところはあると思いますが、それでもきちんと投げられるのが本当にすごい。
内藤さんといえば、「ギャオス」の代名詞で有名になりましたが、そういわれるようになったきっかけは?
- 内藤
- プロに入るとき、とにかく自分をアピールしないといけないと思ったんです。
入団当時、池山(隆寛・現楽天コーチ)さんの掛け声が練習からすごかったんで、負けないように大声を出して練習をやってたんですよ。そうしたら、池山さんより声がでかくて(笑)。キャンプ初日の夜には言われるようになりましたね。
高卒ルーキーは、キャンプ初日からは普通投げないのですが、志願して荒木(大輔・現ヤクルトコーチ)さんの隣で投げさせてもらいました。僕がうるさいので荒木さんはすぐ去っていきましたけど(笑)。
ブルペンで声を出しながら投げるピッチャーはあまりいませんからね。「よっしゃー」とか投げるたびに叫んでいました(笑)。
そうしたら小谷(正勝・現巨人コーチ)さんが、「ギャーギャーうるさい新人がいる。ギャオスでいいや」というようなことをマスコミにしゃべったところが最初でした。
以前高橋智さんにインタビューした際に、「ヤクルトは和気藹々とした雰囲気の球団」と語っていたのですが、内藤さんが入団した頃のヤクルトはどのようなチームだったのでしょうか?
- 内藤
- 僕が入団した頃は、すごく厳しい球団でした。先輩に若松(勉・元ヤクルト監督)さん、八重樫(幸雄・現ヤクルトコーチ)さんといった大ベテランがいて、中軸に広澤(克実・現阪神コーチ)さん、池山さんがいたというのが僕が入団した時代でした。
関根(潤三・元ヤクルト監督)さんがノビノビ野球という土台を作って、野村監督が就任されて古田(敦也・前ヤクルト監督)君が入団して、それで明るくて強いチームになりましたね。
野村監督は明るい雰囲気を壊さずに、あとは強くなってくれというスタンスだったので、チームが強くなったのかなと思います。
あの時代のヤクルトは最強だったなと思っていますし、野球をしていてすごくおもしろかった。
あと女性ファンがすごく盛り上げてくれたような気がしてます。
野球でもそれ以外でもバラエティに富んだ魅力的なチームでした。
最近の千葉ロッテは、雰囲気があの頃のヤクルトに近いと思います。
今江(千葉ロッテ)と西岡ががんばれば、そういういい雰囲気ができてくるのではないでしょうか。
内藤さんといえば、93年9月2日中日戦の延長15回無死満塁でマウンドに上がってクリーンナップを三者三振に切ってとったのが印象に残っています。
- 内藤
そのエピソードはどんどん売り出したいですね(笑)。
あの試合はペナントレースのターニングポイントになったと思います。あのときは中日がまだ首位だったので、あの試合を落としていたらその後の優勝はなかったと思っています。
でも、あのときは自分の仕事をしただけで、すごいことをしたとは思ってなかったんです。ただ登板できたことが嬉しかった。
3回からずっと肩を作っていたんで、ブルペンで1試合分は投げていました(笑)。
まだかまだかと待っていて、ようやくまわってきたのが無死満塁ですからね。
開き直れるわけがなくて、試合の重要性とかを考えたら投げられませんよ。
ただ、自分の仕事をしただけです。あの時のことは細かい会話までほとんど覚えてますね。
まだタイムを自由にとっていい時代だったので、古田君がマウンドにきて、「絶対逃げるなよ!」と言ってくれて。それで最初の打者のパウエル(元中日・阪神)に投げたのは6球とも全部インコース。
3球目にすごい失投をしてしまったんですけど、空振りしてくれて、あれでイケイケになりました。
最後の6球目も高めに行っちゃったんですけど、空振りしてくれて、「ラッキー!」と(笑)。
次は落合(博満・現中日監督)さん。また古田君がきて「何の球でストライクとれる?」と。それで「おう、何でもとれるよ」と返しました(笑)。
その後池山さんがきて「おい、相手2億円プレイヤーだからがんばれよ」とかちゃかしてくれて。
どんな激励やねん、と思いながら投げました(笑)。
古田君が初球からでも勝負球を投げさせる近代野球の捕手のリードを確立したと思っていますから、それを信じて初球から勝負球のフォークですよ。
ど真ん中だったんですけどストライクがとれて。2球目もフォークのサインで。
ところがこれもベースの前で落ちちゃうようなダメなフォークだったんですけど、落合さんが空振りしてくれて。
それで勝ちだなと思いました。
3球目もフォークのサイン。そうしたらまたど真ん中に行っちゃって。あの場面でそんな球が2球も来るなんて思わないですから、落合さんも見逃してしまって。
またど真ん中かよ、という顔をしてましたね。よくそんな度胸あったなぁというほどの、ど真ん中でした。
最後は彦野(利勝・元中日)さん。また古田君がきて、冷静にその日の彦野さんの分析を伝えにきてくれて「スライダーのボール球のサインを出したら、絶対に外してくれ」と。
その日は彦野さんの調子がすごく良かったんですよ。
初球はアウトローのまっすぐ。2球目はスライダーのボール球。3球目は今度スライダーをストライクに入れてくれというサインが出て。
いまこうやって冷静に話してますけど、よくそんな細かいコントロールが当時あったなと思いますね。
スライダーのコントロールに対する意識付けをしっかりしてもらえたのがよかったですね。
3球目がストライクで追い込んだんですが、その後投げたフォークが2球ともど真ん中(笑)。
2球ともホームランでもおかしくない大ファールですよ。
その後はまたスライダーのボール球のサイン。
これはきっちり外して、最後はアウトローのまっすぐのサイン。
これで決めないといけないっていうのが、きっちり伝わってきました。
ちょっと低いかなとも思ったんですが、最高のボールが行ったと思いました。ストライクをとってもらえました。
次の日のミーティングで野村監督から「本になるぞ。江夏の21球に対して、ギャオスの16球や」といわれました(笑)。
内藤さんといえば、90年の開幕戦のあの疑惑のホームランのエピソードも印象深いです。
- 内藤
今でもあれはファールだったと思ってます(笑)。
打たれてヒーローになったのは僕と黒木くらいじゃないでしょうか。
でも、話題になったので光栄ですよ。開幕投手なのに全く期待されてなかったですから。
「開幕投手は僕です」って言っても、試合が始まるまで誰も信じてくれなかったですから(笑)。
皆さんの野球談話の1ページになるわけですし、
「あれ打たれたのは僕ですよ」といえるのでありがたいですね。
現役時代に仲の良かった選手はいますか?
- 内藤
- あまりいませんでしたね。当時は特に他のチームの選手との交流は考えられなかったですね。
最近は携帯電話もあるし、試合の後ご飯を食べに行ったりということもあるでしょうけどね。
僕の時代は相手のチームと話しちゃいけないというような空気がありました。
3年目にオールスターに選ばれたときに、星野(仙一・オリンピック日本代表監督)さんの推薦で選ばれたので挨拶に行こうと思ったら、当時の関根監督に、「自分の力で勝ち取ったんだから行く必要はない」と怒られまして。
そうしたら池山さんと広澤さんに「何で挨拶に行かないんだ」とめちゃくちゃ怒られました。
まだ3年目だから下っぱで右も左もわからないから唖然としましたよ。
どうしようかと思ったんですが、結局星野さんの自宅に言って挨拶をしてきました。
内藤さんは、ヤクルト、ロッテ、中日と渡り歩きましたがチームによる違いはありますか?
- 内藤
- 練習方法が球団ごとに違いますね。
僕はボビー(バレンタイン・現千葉ロッテ監督)の1次政権の頃にロッテに行ったんですが、おもしろかったですね。古田君とバッテリーが組めなくなるのは残念だったんですが、勉強になったし、(ヤクルトを)出てよかったと思えましたね。
あの頃のロッテもすごくいいチームでした。周りの選手も親切ですんなり溶け込めましたし。
逆に中日に行ったのはシーズン中だったのでつらかったですね。
怪我が治ったばかりで状態も悪かったですし、キャンプに行ってなかったのでチームに溶け込むまでに時間がかかりました。
シーズン中のトレードの場合、即戦力にならないといけないので、なかなか大変だと思います。
現在も体を鍛えているんですか?
- 内藤
- 今はほぼ毎日ランニングはしています。やっぱりおいしいものをたくさん食べると太っちゃいますからね。
プロフィールでは趣味がビールかけになっていました。
- 内藤
- それを目指して野球をしていましたから。自分のお金でやってもつまらないと思いますし(笑)。
あとはグルメですね。さきほどお話しした熊本の馬肉の焼肉が最高においしいんですよ。年に1回は行ってますね。
本日は長い時間おつきあいいただきありがとうございました。
なお、今回作成したチーム『ギャオラーズ』は、引き続き内藤さん本人に「ゲーリッグ」で期間限定でプレイいただいております。「ゲーリッグ」にいる皆さん、ぜひチェックしてみてください!
- ギャオス内藤 (本名:内藤 尚行)
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- 出身地
- 愛知県豊川市
- 生年月日
- 1968/7/24
- 身長/体重
- 188cm/100kg
- 投打
- 右投右打
- 出身校
- 豊川高等学校
- 球歴
- ヤクルトスワローズ(87年〜94年)−千葉ロッテマリーンズ(95年〜96年)−中日ドラゴンズ(96年〜97年)
- 通算成績
- 195試合登板/36勝29敗26S
- 趣味
- ビールかけ・グルメ
- 特技
- ゴルフ