槙原 寛己
ミスターパーフェクト 槙原 寛己
超本格派のプロ野球オンラインシミュレーションゲームとして誕生して丸2年。誰もが気軽にチーム運営を楽しめる「プロ野球チームをつくろう! ONLINE 2」に、偉大なる記録保持者が登場する。槙原寛己──初登板初完封の鮮烈デビューを飾った豪腕は、94年に史上15人目の完全試合を達成した。今回は偉業を成し遂げた思い出の地・博多で、槙原氏を直撃!
ここは槙原さんの特別な場所ですね。
- 槙原
- 何回来ても感動が甦りますよ。さっきマウンドに立ちましたけど、あそこから天井を見上げると、一瞬にして思い出されるんです。普段、天井を見上げるってほとんどないんですが、あの完全試合(94年5月18日の広島戦)は最後、一塁のファウルフライでしたから、打球を目で追いながら「捕ってくれ」って思ったときに見た光景。だからこの天井を見ると、すべてが思い出されるんです。
やはり独特の雰囲気でしたか?
- 槙原
- テレビ中継なら分かったと思うんですが、球場では実況も解説もないし、気付いていない人が多かった。でも7回ぐらいからざわつきはじめ、アウトを取るごとに空気が変わってきたんです。でも中には、達成するまで知らなかった人もいたんじゃないかな?
ご自身ではいつぐらいから?
- 槙原
- 5回に意識しましたね。他の選手ですか? 普段、試合で投げているときは、ベンチでもあまり人とはしゃべらないのですが、その日は余裕もあったので、少しぐらい会話をしてもいいかなと思ったんですよ。でも、僕が近寄ろうとすると、みんながスーッと逃げていくの(笑)。そういう記録の話をすると、途端にダメになるって言いますからね。
ジャイアンツが博多で試合をするのは年に一度。そこでパーフェクトとは……。
- 槙原
- 確かにそうなんですけど、東京ドームで投げるのに比べ、このヤフードーム、当時は福岡ドームという名前でしたが、ここで投げるのでは、気持ちが全然違いました。これだけ広いんだから、打たれてもスタンドにまではなかなか届きはしない、絶対に大丈夫だって思っていた。だからこのドームには、本当に勇気をもらって投げていましたね。まぁ、野球人生最高の思い出ですよ。
心理的にも全然、投手が優位に立てるでしょうね。ところで、この「野球つく」でも完全試合があるんですよ。
- 槙原
- えっ!? そうなんですか? それは特別なカードを使ったり、レジェンドの選手を使ったりするのではなく?
はい。プラチナ会員、無料会員の関係もなく、極めて希にですが起きます。達成すると、試合ごとに獲得できるポイントも多くなります。おそらくユーザーの皆さんも、ほとんどの方が経験していないと思いますよ。
- 槙原
- なるほど。僕の場合も阪急の今井雄太郎さん以来16年ぶりだったんですが(78年8月31日、ロッテ戦)、僕の後にも出ていない。つまり30年に1回しかないんですからね(05年に西武・西口が楽天戦で9回を完全に抑えたが、延長戦に入って初安打を許した)。僕のときも、人工芝球場では初めてだったんです。人工芝は土、天然芝のグラウンドと違って球足も速くなりますし、ますます難しい記録になっているんでしょう。だからこそぜひ、皆さんも「野球つく」でパーフェクトに挑戦してもらいたいですね(笑)。
そろそろ実際のプロ野球でも出てほしいところですね。
- 槙原
- 完全試合は、ある程度コントロールがいい投手でなければできないんです。ストライクを取れなければ、四球を与えてしまう。ここがノーヒットノーランとの大きな違い。あと、カウント2-2までに勝負しないといけないんです。2-3になると、歩かせないためにどうしても真ん中へんに投げるでしょう。でも打者も、フルカウントでは打ちにきますからね。
結果、捕らえられる可能性も増す。
- 槙原
- そういうことです。だからあの日は、僕もほとんどフルカウントにはしなかった。そういう日でないと、達成できないんですよ。とにかく「ストライクになってくれ」って祈りながら、そして打たれたら「野手の正面に飛んでくれ」ってね(笑)。
他に思い入れのある球場は?
- 槙原
- 後楽園、東京ドームは本拠地でしたし、ここに比べれば狭かったですけど、当然、愛着も思い出もありますよ。
それと、やはり甲子園……。
- 槙原
- ええ、もちろんそう。高校時代も投げたし、デビュー戦で完封したのもそう。バックスクリーンに3連発もされましたし(笑)。初登板のときはチームも調子が良かったので、なかなか登板機会がなくてね。ようやく1日、ローテを空けてくれたんです。僕はもう、投げたくて仕方なかったから、勝ち負けとか何も考えなかった。ただ、投げるのが楽しくて。
しかし、よりによって1対0……。
- 槙原
- 延長戦でね(笑)。普通なら7回ぐらいでお役ご免でしょう。だけど投手出身の藤田監督です。10回に得点しても、抑えを出さず、任せてくれたんですからね。嬉しかったし、それが自信にもなりましたよ。藤田監督は投手を甘やかさなかったから、先発・完投が当たり前と思っていました。特に僕ら三本柱(槙原氏、斎藤雅樹、桑田真澄)は代え時でも簡単には代えてくれなかった(笑)。
それだけものすごい投手王国でした。この「野球つく」では、こだわりのチームを試せるのも楽しさの一つです。
- 槙原
- 今年、WBCがありましたよね。原監督をはじめ、首脳陣がメンバーを厳選していったわけですが、あれが違うメンバーだったら、また別の色を持ったチームになって、展開も変わっていたでしょう。私も取材をしていましたが、もし自分が監督だったら、誰を選んでいたのかなと考えたんですよ。するといろんな選手が浮かんでくる。そのとき「あ、監督って面白い仕事なんだな」って改めて思ったんです。
大変な作業でしょうけどね。
- 槙原
- 実際の世界でやるとなったらね(笑)。単に技術だけでなく、身体の強い選手、心の強い選手、勝つためには自己犠牲もいとわない選手などが必要ですし。
ぜひ、夢の球団を率いてください。
- 槙原
- 欲しい選手を集めるのが大変そうだけど(笑)。ただ、WBCで日本が連覇できた最大の要因は、余計な点を与えなかったこと。そこを考えても、やはり長いシーズンですから投手力、守りの整備は必要でしょう。
では、どんな投手を集めたいですか?
- 槙原
- 楽天の岩隈などは安定感もあるし、いいですね。でもやっぱり、三振をいっぱい取るタイプは好きです。マウンドで気迫を前面に出す投手は、使ってみたいと思うもの。例えば楽天の田中とかね。でもマー君は今年、すごく投手として大人になったと思う。無理に三振を奪いにはいかなくなりましたが、それがまたいい方向につながっている。
背番号17の後継者も誕生したのでは?
- 槙原
- 東野ね。彼も気持ちを前面に出すタイプだし楽しみですよ。ただ、いい投球をしてもなかなか援護がなく、勝てないケースもありますよね。僕も経験しましたが、勝てないからって自分のスタイルは変えないでほしい。たとえ勝ち負けがつかずとも、ここで踏ん張れば自然に「東野なら何点取れば勝てる」って野手に思われるようになりますから。
「野球つく」で復活する槙原さんと、東野投手との投げ合いも楽しみですね。
- 槙原
- じゃあそのときは、打撃陣に「お願いだからもうちょっと打ってよ」って試合にならないように願いますよ(笑)。
- 槙原 寛己(まきはら・ひろみ)
- 1963年8月11日、愛知県出身。大府高では2年夏、3年春と2度の甲子園出場。超高校級の本格派として注目を集め、82年にドラフト1位で巨人入りした。翌年4月16日の阪神戦でプロ初登板を完封勝利で飾ると、12勝を挙げ新人王。以降、巨人投手陣の先発の柱に完全定着し、数々の栄冠を勝ち取った。94年5月18日の広島戦では、史上15人目の完全試合を達成している。01年限りで現役引退。実働19年の通算成績は463試合に登板。159勝128敗56セーブ、防御率3.19。現在は野球評論家として幅広く活躍する